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てんてん

てんてん

1981年宮城県生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。2004年株式会社アマナ(現 株式会社アマナホールディングス)に入社。2013年に独立し、2015年株式会社佐藤写真館設立。

INFO: 写真集「GREEN GREEN」BOOK AND SONSオンライン販売開始



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昭和生まれ平成育ち

2019年3月31日

すっかり、ブログの更新が空いてしまい、4ヶ月ぶりくらいですかね。なんだかんだで、ブログはじめて1年経ちました。
「ブログ読んでるけど、全然面白くない」と友達に言われますが、5年間はめげずに書き続けようと思います。
このブログは、僕に多少なりとも興味がある人が読んでくれていると思うので、面白く書こうとは思っていますが、
文章を書くというのはなかなか難しく、頭が悪いのがバレないように毎回悩みながら書いてます。
それでも、書き終わると、日々の出来事や思っていることが整理できて心がスッキリするので、
ブログをはじめてよかったと思っています。

明日はついに新しい元号の発表です。
昭和から平成に変わった時は、子供ながらに、なんかよくわからないけど新しいことが起きそうな予感でワクワクしていたし、
世の中も浮き足立っていたような記憶があります。
今回は時代が変わる節目として、たまには自分の人生をダイジェストで振り返ってみようと思います。
僕は、1981年(昭和56年)に宮城県の角田市という小さな町の、
その中でもさらに山奥の地域の家庭の男4人兄弟の末っ子として誕生しました。
上の兄とは年が離れていたので、小さな頃はおばあちゃんが遊び相手で、
僕の一番古い記憶は縁側でおばあちゃんとトランプで遊んでいる記憶です。
初めて同い年の子供の集団に接したのは、幼稚園の時で、性の目覚めが早かった僕は、同じ志を持つ仲間とスカートめくりをしたり、
女の子に無差別にくっつく「くっつき虫」をする「エロエロ軍団」を結成して、人見知りすることなく幼稚園ライフをエンジョイしていました。
小学校入学式の日は雪が降っていて、家の前でお母さんと記念写真をとった記憶があります。小1の時、兄が小学6年生だったので、
弟ということで6年生のお姉さんにメチャメチャ可愛がられて、小学校って最高だなーと思っていました。
学校と家との距離が8kmもあり1、2、3年はスクールバス通学でしたが4年生から自転車通学になり、
行きは下りと平らな道なので急げば40分くらいでしたが、帰りが坂道だらけなので、毎日1時間半くらいかけて帰ってました。
小学生の時は、勉強できて、わりと運動神経よくて、ちょっと目立ちたがり屋で、
強烈に覚えているのが、小学5年生の時にクラスの「お楽しみ会」で有志で出し物を発表する機会があり、
徳永英明の「夢を信じて」というアニメの主題歌になっていた曲を、
何故か誰にも頼まれていないのに一人でみんなの前でアカペラで歌ったことです。
歌った後、先生に異常に褒められて恥ずかしくなった。(クラスのみんなはポカーンとしてました)
5年生から、少年野球(西根少年野球クラブ)に入って毎週土曜日に練習、日曜日に試合をしてました。
僕らの上の代は、強かったのですが、僕らの代は激弱で、その中でも補欠だった僕は試合の日に休んだ人がいる時に、
休んだ人のポジションに入るというポジションでした。
なぜ僕がレギュラーではなかったのかというと、基本的に4年生から始めた人がレギュラーになっていたからで、
実力的にはセンター7番あたりを任されても良かったのではないかと、今でも思っています。
僕らの代の西根少年野クラブの通算成績は2勝で、最後の試合に途中出場した僕は、
平凡なライトフライを落とすという痛恨のエラーをしてしまい、勝てそうだった試合を負けにしてしまいました。
少年野球の1番の楽しみは、練習後に友達の家に行って、「ストリートファイターⅡ」をやることでした。

久しぶりに文章書いて疲れたので…続きは次回